衝撃のクマムシゲノム解析結果 -コンタミおち編
前々回と前回の記事で、クマムシゲノム中に大量に水平伝播(HGT)遺伝子が見つかった事と、その大量HGT遺伝子は実験ミスによる誤解ではないかという疑念に至った経緯を書いた。
衝撃のクマムシゲノム解析結果 -大量HGT遺伝子大発見編 - 任期付き助教は、任期付き羊の夢をみるか?
衝撃のクマムシゲノム解析結果 -疑念編 - 任期付き助教は、任期付き羊の夢をみるか?
アメリカのグループがクマムシゲノム中に大量にHGT遺伝子が存在することを示した論文を発表した4ヶ月後に、カナダのグループが独自のクマムシゲノムの解読結果を発表した。
そのカナダのグループの論文の内容は、タイトルに簡潔に表されている。
そのタイトルは、
「No evidence for extensive horizontal gene transfer in the genome of the tardigrade Hypsibius dujardini」
(クマムシゲノム中に大量の水平伝播遺伝子は見つからなかった)
である。
元のアメリカのグループの論文のタイトルが、
「Evidence for extensive horizontal gene transfer from the draft genome of a tardigrade」
(クマムシゲノム中に大量の水平伝播遺伝子が見つかった)
であるから、カナダのグループの論文のタイトルは明らかにパロディである。
カナダのグループは、実験を行う際にクマムシの洗浄には十分気をつけていた。
それでも、細菌などの他の生物のDNAの混入は避けられず、DNA配列のアッセンブリの際にも間違って細菌などのDNAをできるだけ排除するように努めた。
その結果に見つかったクマムシゲノムのHGT遺伝子数は、全体の遺伝指数のわずか0.2%であり、アメリカのグループの結果の1/50から1/100程度であった。
この0.2%という割合は、クマムシの近縁種と比べても同じ程度だと考えられる。
よって、大量のHGT遺伝子というのは幻であったことが証明された。
くまモンは、やはり優秀だった。
4日ほど前、くまモンのツイッターを煽るようなニュースを批判する記事を書いた。
くまモンは黙っているのが正解だろう。 - 任期付き助教は、任期付き羊の夢をみるか?
このような大災害の後は、被害の全貌が分かるまで不用意な発言は控えるのが賢明だろう。
ツイッターのような短い文章では、誤解も起きやすいので特に注意が必要だ。
被災者の中にもくまモンファンはたくさんいるだろうが、くまモンを楽しめるようになるまでにはまだ少し時間が必要だろう。
そして今日のニュースで、くまモンのメッセージが載っていた。
「くまモン隊は、この度の地震に見舞われた方々の事を最優先に行動しているところであり、SNSでの情報発信については控えておりますので、御理解いただきますようお願いいたします(下記サイトより引用)」
くまモンは、やはりおりこうさんだった。
衝撃のクマムシゲノム解析結果 -疑念編
前回の記事では、クマムシゲノムの解読され大量の水平伝播(HGT)で得られた遺伝子が発見されたことを紹介した。
なぜ、この大量のHGTで得られた遺伝子の発見が話題となったか、少し解説をしよう。
異種間(例えば人間とカエルなど)での遺伝子の受け渡しであるHGTは通常は稀である。
このような方法で加わった遺伝子の多くは、その遺伝子単独で機能を持っている可能性が高い。
今回の場合でも、細菌の乾燥耐性などの遺伝子が、まったく別の種であるクマムシの細胞の中でも、同様な機能を持っていると結論付けられた。
そうであるならば、その細菌の遺伝子を植物の細胞に入れれば乾燥に強い植物が出来たり、動物の細胞に入れれば人工培養に強い細胞が出来たりするかもしれない。
たった1つの遺伝子で、乾燥に強い植物や人工培養に強い動物細胞ができれば画期的なことだ。
その遺伝子が、このクマムシのゲノムの中に必ずあるはずだ。
それゆえこの研究は注目を浴びた。
しかし、論文発表当初から、ネット上では一つの懸念が議論されていた。
クマムシの表面や体内にいた細菌の遺伝子を、クマムシの遺伝子と間違えているのではないかという懸念だ。
現在のシークエンス技術は、目的のDNAを細かく切ってから解読し、解読後のデータをコンピュータで解析し、元の長いDNA配列を復元する(「アッセンブリ」という)。
ちょうど、新聞紙をシュレッダーにかけて、ばらばらになった文章を文脈などによって集めて、元の新聞を復元するようなものだ。
この時に、折込み広告も混ざってシュレッダーしまっていたら、復元した時に元の新聞に広告が混じったものが作られてしまうかもしれない。
であるから実際の研究では、細菌などの混入を防ぐ出来るだけの努力をし、DNA配列のアッセンブリには時間をかけて丁寧に行うのだ。
しかし、論文ではクマムシの洗浄を十分行ったようには書かれていないし、DNA配列のアッセンブリも丁寧に行ったように書かれていない。
だからHGTで得られた遺伝子と言われたものの、ほとんどがクマムシの表面や体内にいた細菌の遺伝子ではなかったのかという懸念がでたのも当然だ。
そして、4ヵ月後この懸念が現実のものであったと証明されてしまう事になる。
続く
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衝撃のクマムシゲノム解析結果 -大量HGT遺伝子大発見編
そのクマムシゲノムの解読され、衝撃の解析結果が昨年の終わり頃に発表された。
研究チームによると、クマムシのDNAは、極度の乾燥状態などの極めて強いストレスにさらされると細かく断片化される。細胞に水分を戻すと、DNAを格納している細胞核と細胞膜は一時的に物質を通しやすい状態になり、水分子以外の大型分子も容易に通過できるようになる。細胞が水分を取り戻すにつれて、クマムシ自身の断片化したDNAが修復されると同時に外来DNAが取り込まれ、異種生命体から伝播される遺伝子の「パッチワーク」が形成される。(クマムシに大量の外来DNA、驚異の耐久性獲得の一助に?)
「極度のストレスに耐えて生存できる動物は、外来遺伝子を獲得する傾向が特に高い可能性がある。そして細菌遺伝子は、動物遺伝子よりもストレス耐久能力が高いのかもしれない」 (クマムシに大量の外来DNA、驚異の耐久性獲得の一助に?)