これまで、何人のゲノム(ヒトゲノム)がシークエンスされたか?
2003年に(一応は)完了したヒトゲノム計画。
10年以上かかったものの、この計画では最初のヒトゲノムの解読に成功した。
その後の次世代シークエンサーの登場によりシークエンス解析の速度の急加速し、
現在ではヒトゲノムの解読は数日以内で可能だ。
ヒトゲノム計画以降、1000人ゲノム計画が2008年に始まった。
2012年には既に、ゲノムの解読された人数は1000人を突破した。
さらに最新の情報では、これまでに2500人のゲノムが解読されたという。
最初の1人目のゲノム解読には10年以上かかったことを考えると、
2008年以降の10年足らずで2500人のゲノムが解読されたというのは驚きかもしれない。
しかし、現在の技術からみれば2500人というのは少なすぎるのだ。
これまでに発表されたのが2500人だけだということであり、未発表のものも含めると全世界で何人のゲノムが解読されているかというのは明らかではない。
しかし、ある程度の推測は出来る。
この分野をリードしているクレイグ・ヴェンターが率いるHuman Longevity(HLI,米国)では、これまでに20000人のゲノムを解読している。
Craig Venter: Critical Tools and Technologies in Synthetic Genomics | GEN Magazine Articles | GEN
現在、HLIでは月に3000人のペースで解読を進めているが、将来的には月に10000人のペースを目指すという。
年間で10万人以上である。
この分野に熱心な国は、アメリカ、中国、シンガポールだろう。
日本はあまり熱心な様には見えない。
HLIのような大規模なシークエンス能力を持った施設は、世界中を見渡してもほとんどない。
であるから、世界中でこれまでに解読されたヒトゲノムの数は、多めに見積もっても20万人程ではないだろうか?
しかし、今日のYahoo! ニュースに以下のようなものがあった。
難病遺伝子あるのに健康な人を発見、約60万人から13人
深刻な病気や死の宣告をもたらしていたはずの遺伝子変異がある人が、ごく少人数ながら健康な人の中にも存在することを発見したとの研究結果が11日、英科学誌「ネイチャー・バイオテクノロジー(Nature Biotechnology)」(電子版)に発表された。
(中略)
シャット教授は、同僚のスティーブン・フレンド(Stephen Friend)氏とロン・チェン(Rong Chen)氏とともに、研究者30人からなるチームを率いて、約60万人のゲノム(全遺伝情報)から得られた900個近い遺伝子に関するデータのふるい分けを実施し、数百種類の異なる遺伝病のどれかの原因となる明確な変異を探した。(以下略)
(難病遺伝子あるのに健康な人を発見、約60万人から13人 研究 (AFP=時事) - Yahoo!ニュースより引用。太字はブログ主が変更)
病気の遺伝子(より正確にはアリル)を持った人でも、少数ながら健康に過ごしている人もいるという発見だ。
この発見自体はすばらしい。
しかし問題は、「約60万人のゲノム(全遺伝情報)」という部分だ。
多めに見積もっても現在まで20万人分ぐらいしか解読できていないヒトゲノムなのに、60万人分のゲノム情報など一体どこにあるというのだ。
そこで、このニュースの元となった論文を探してみることに。
(以下、元となった論文へのリンク)
http://www.nature.com/nbt/journal/vaop/ncurrent/full/nbt.3514.html
Nature Biotechnologyは購読していないので、論文は入手できなかったものの、関連情報は閲覧することが出来た(以下のリンク)。
それには、利用したデータは、
① 7万人分の全ゲノムもしくはトランスクリプトームと、
② 52万人分のジェのタイピング
であると書かれてる。
つまり、「約60万人のゲノム(全遺伝情報)」というのは不正確である。
「ゲノム(全遺伝情報)」と言ってしまえば、「全ゲノム」を意味し、本当に個人の全てのゲノムの情報を意味するだろう。
トランスクリプトームは、ゲノムの一部であり全ゲノムからすれば通常は1%未満である。
ジェノタイピングデータは、通常はトランスクリプトームデータより更に少ない。
この記事を書き直すとしたら、「約60万人のゲノム関連情報」といったところであろうか?
科学関連記事は、一般の人にも誤解のないような書き方をしてもらいたいものです。